近年のネットワークトラフィックモデリングの研究では, 従来のポアソンベースのモデリングから, より現実のトラフィックを 反映しているフラクタル的なモデリングへと対象が変化してきている. フラクタル的なモデルとは, 単位時間あたりのパケット流量やラウンドトリップ タイムの変動が, 時間スケールを変化させた場合にも変動のゆらぎが 確率的な自己相似性を持つこと(スケール不変性)を意味している. これは, 従来のポアソンベースのトラフィック モデルに基づくバッファの設計をより悲観的に見積もる必要があることを示唆 しており, ネットワークの安定性にも大きな影響を与えるものと考えられる. ここ数年来, フラクタル的なトラフィックの研究は数多くなされているものの, フラクタル的な性質を持つトラフィックの性質はまだ充分には わかっておらず, またその生成要因についてもわかっていない.
これらの問題に対して, 我々は将来的な輻輳・フロー制御機構の実現のための 第一歩として, フラクタル的な性質を持つトラフィックのより的確なモデリングを 行っている. そのモデル化にあたって, 我々は2つの種類の測定から現実の ネットワークトラフィックを測定・解析している.
相転移現象は, 多くの物理現象(代表的には磁化, 半導体, 交通流など)で 観測される現象であり, 自明ではない相転移点の近傍で系のマクロな振舞いが 劇的に変化することで特徴づけられる. ネットワークトラフィックの場合には, トラフィックが比較的少ない場合には, 輻輳は局所的に短時間スケールで 生じる(ポアソン的). しかしながら, ある程度以上のトラフィックが存在し 相転移点を越えた場合には, 系のマクロな振舞いが大きく変わり, 無限に続く輻輳がネットワーク内に生じる可能性があり, またルータでの 輻輳がルータ間で空間的にも強い相関を持つことが観測されている. そして相転移現象の注目すべき点として, 相転移点でのみ, トラフィックの振舞いが フラクタル的になるということがあげられる. つまり, フラクタル的なモデルでは 実際の現象の一部しか捉えることができなく, また, トラフィック量の 変化に対して統計的な性質も変化することを考慮に入れる必要があることを 意味している. この統計的な性質の変化は従来のモデル化ではほとんど 考慮されておらず, 実際の制御を考えた場合には重要な要素になると 考えられる.
さらに現在, これらの実際の測定データから, 相転移的な性質を扱うことが可能な トラフィック生成モデルを構築中であり, その後制御のためのポリシについて 考えていく予定である. 制御のアプローチとしては, 直感的には, トラフィックを相転移点の手前になるように制御することが最良である ことがわかっており, そのようなキューマネージメントや, end-to-end制御の 機構を考えている. また, 相転移点をずらすように制御を行うことで, より多量のトラフィックがネットワーク中に存在できるよう制御することも 可能であると考えている.